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紙・布・革などを「切る」、木・石・ゴムに「彫る」――多くのクラフト・ホビーでは、このような「刃物」を使う場面があります。作品を作るのにも少し慣れてくると「材料」の良し悪しには心配りするけれど、「道具」、特に作品の質を左右する「刃物」について改めて吟味する機会は多くないでしょう。
ひと味違う切れ味や彫り味を持つ上質な刃物とはどういうもので、それを使うことでクラフト・ホビーはどんなふうに変化するのでしょうか。今回は、「彫る」刃物、彫刻刀の製造・販売を行う道刃物工業株式会社 代表取締役社長田中悟さんと、髪の毛など切りにくい対象を的確に捉えて「切る」刃物、理美容用ハサミの製造・販売(クラフト・ホビー分野商品も取扱有)に携わる株式会社内海さんに、良質な刃物を作る時の工夫やその特徴と魅力について伺いました。
今回ご紹介する会社
今回お話を伺った道刃物工業株式会社(以下、道刃物)がある兵庫県三木市は、刃物生産の町。羽柴秀吉が、自分が攻めて損害を出した三木の町を復興しようと、全国から大工職人を集めたところ、大工道具の需要が増え、その土地の道具の素晴らしさが評判となり、鋸(のこ)、鑿(のみ)、鉋(かんな)、こて、小刀などの鍛冶の里としての伝統が生まれました。経済産業省(当時の通商産業省)から「播州三木打刃物」伝統的工芸品としての指定も受けています。
道刃物では、大工道具からシフトして、1977年から刃物製造の技術を活かした彫刻刀を中心に製造・販売展開しています。自社内の技術の高さを他製品にも拡大し、現在ではプラモデルなどの模型用刃物、レザークラフト用の革裁刀や、革を薄く透く刀、切り絵・型紙用のペーパークラフトナイフにも展開するなど、三木刃物の高い技術を彫刻からクラフト一般まで応用し押し広げています。
そんな道刃物の代表である田中さんに、「良質な刃物の構造」について改めて伺いました。
刃物の中でも、例えば彫刻刀のような片刃の場合は、刃先の部分に刃金=鋼(はがね)を、刃以外の部分を地金(軟鉄)で作っています(図)。
鋼とは、成形が比較的容易で軟らかい鉄にごくわずかに炭素が混ざったもので、焼き入れることで硬くなり、鋭い切れ味を作ることができます。かつて、資源の少ない日本では鋼は貴重なものでした。そのため、切れ味の要になるところだけに鋼を使い、鋼部分を研いで「刃つけ」を行う工法が生まれたのです。
現代になり、鋼の素材は開発されて多種多様に増えました。錆びにくいステンレスの割合が高いもの、軟らかさと堅さだけでなく、どのような対象に使うとどのくらい摩耗するのか、どのくらいの角度・力で使うのか、どのレベルの人が使うのか、どんな価格帯なのか、刃金と地金をどう組み合わせるかなどチョイスは異なり、各製造元でそれぞれに工夫を凝らして個性を出しています。
田中さんは「この伝統的な刃先の作りの特長は、研ぐことで刃先の切れ味が戻り、再利用できることです」と話します。彫刻刀は、持ち手部分に埋まっている刃もあるため、持ち手の木を削って研いで使えます。それを考えれば、かなりの長期間使える道具といえます。一方、使い捨ての彫刻刀などの場合、刃金も地金もなく全てステンレス製で、研げないことも決して珍しくありません。
さらに「刃物は一回研いだらその切れ味を長く保ち、よい彫り味が続くことが大切です。これを刃物の業界では『長切れ(ながぎれ)する』といいます」と田中さん。良質な刃物は、理想的な切れ味・彫り味の「賞味期限」が長くなるよう工夫されているのです。
刃物が「長切れ」するかどうかは、クラフトユーザーも注目したい概念ですね。
鋼の選び方と長切れの違いについて、道刃物の製品例で具体的に見てみましょう。
道刃物では、初心者向け・一般向けの「刃物鋼」と、上級者向け・プロ向けの「ハイス鋼」という2つの鋼で作られたシリーズを展開しています。
刃物鋼は、安来鋼青紙2号(やすきはがねあおがみにごう)という、安価なのに研ぎやすく、長切れする鋼を使っています。良質な彫刻刀には広く使われている鋼で、道刃物工業では1本1,700~2,000円と価格を抑えています。
一方、ハイス鋼は、鉄工ドリルなどに使われる特殊鋼で、強度を保ちつつも耐摩耗性があります。耐摩耗性がある一方で研ぎやすいという特徴もあり、刃物鋼に比べると毎日の彫刻作業にもよく耐え、より長切れする製品にしています。道刃物工業では1本2,700~3,300円。刃物鋼とは持ち手の木材も力を入れやすく長持ちする桜材を使用しています。
このように、良質な刃物では、使う人のレベルや使用頻度などにより、鋼・地金・柄の素材、作り方、研ぎ方など、各社が考え選び抜いた工夫と技術が凝らされています。
道刃物では、鋼材を機械で型抜きし、プレスしてカーブや曲げなどを成形するところまでは機械で行います。しかし、繊細な刃先の成形は手加工が必須と考え、内・外側の刃先の研ぎ・磨きを、工場内の職人が手作業で行っています。一律化できる工程は機械化して安価にしつつ、職人しかできない工程は残して品質を担保するといった工夫は、良質のものを多くの人が手に取りやすくするためですね。
自社内技術を持つ製造企業であれば、顧客のオーダーに応える技術も持っています。例えば、道刃物の顧客である仏師の方の「仏様の髪の毛を彫りたい」という要望から作られた極細三角刀は、職人が技術の限界に挑み、刃幅0.5mmという極小のサイズで商品化しました。高い技術力を持つ道刃物社内の職人中、1名しか製造できないそうです。
自分が良質な刃物を購入し、その製品と長くつきあいたいと考えるとき、このように製造元が自社で技術を持っているかどうかは、とても大切なポイントといえます。
刃先の研ぎ方、作り方は、彫刻刀の種類によっても、サイズによっても異なります。職人さんが、使う人や対象、彫る場面などを考えながら研ぎ、繊細に刃先を成型します。
そのような配慮は、木彫り用とゴムハン用の「三角刀」にも表れています。
木はゴムに比べて素材が硬いため、V字の刃先の両脇が前方にせり出し(写真右・赤枠内)、彫る力が木に伝わるような構造にして彫り進めるようにしています。
しかし、ゴムハンは素材が木より軟らかいため、それほど多くの力が刃先に伝わる必要はありません。むしろ、細かい作業領域でしっかり刃先を止めたい、カーブが多いため彫り進む先の視界を確保したいという希望が強くなります。そこで、木彫り用のように刃先に力を伝える構造ではなく、V字の両端を後方に下げ(写真左・青枠内)、彫る前を見やすいことを優先して加工してあるのです。
ゴムハンを一般の彫刻刀で制作している方も多いと思いますが、刃物を変えるだけで、彫る時間がさらに楽しくなるかもしれません。
現代は、刃物も格安で手に入れることができる時代。初心者はどうしても安価な製品に目が行きがちですが、刃先の寿命が短く長切れしないため、制作途中で木がむしれたり、ゴムや石の場合は彫りたくないところまで削ってしまったりと、作品の質が落ちることが多くあります。また、余分な力が必要なため、腱鞘炎にもなりやすくなります。
さらに、田中さんは「切れる刃物は余計な力を入れなくても切れ、思ったところで彫り止まります。切れない刃物は余分な力を入れる必要があり、かつコントロールもしにくいので、手や意図しない物を傷つける危険性があるんです」と話してくださいました。子ども向けなどで、安全ガードが付いた彫刻刀なども見かけますが、安全ガードがあるためにやりづらくなってしまうことも。質の良い刃物で、正しく彫っていれば不要な工夫ともいえるでしょう。
使い慣れた刃物で作品の質を上げることはもちろん、ケガなどをすることなく安全であることや、軽やかに彫り進める時間を楽しめることは、ハンドメイドユーザーにとって大きな魅力といえそうです。
長切れするとはいえ、購入したきりではいつか切れ味が落ちてしまいます。メンテナンスができることこそが、本格刃物の魅力。そのため、田中さんは「本来であれば、自分で刃先を研ぐことも含めて『彫ること』を楽しんで欲しいと考えています。弊社ホームページにも各刀の研ぎ方を載せていますし、それでわからなければアンテナショップ(ページ下参照)や各種イベントでも、どんどんご質問ください」と話します。彫り味が作品のできあがりに直結することを考えれば、確かに刃先の微妙な研ぎ方を自分でできた方が、自分らしい表現力は高まるといえます。
ただし、彫刻刀セットに付属している砥石は正しく研ぐのが難しいので、おすすめできないとのこと。道刃物では初心者にもかんたんに研げる研ぎ機を販売していますが、21,500円(税別)という価格です。長いつきあいを考えれば決して高くないものの、初心者にはハードルが高いかも……「もちろん、研ぎ直しも1本270~400円で喜んで行います!」とのこと※。安心しました。
自社で研ぎ工程を行っている生産者は、このようにメンテナンスも快くしてもらえることが多いようです。購入時には、メンテナンスの頻度や金額も確認したいですね。
※送料・特別な刃先は別途。他社製品は不可。
道刃物工業株式会社
http://www.michihamono.co.jp/
〒673-0452 兵庫県三木市別所町石野945-32
電話:0794-82-3331
直営アンテナショップ カービー
〒115-0043 東京都北区神谷2-40-8
営業日時:月・水・金の10~16時
電話:03-5939-4430 来店時要連絡
次のページでは、良質なハサミの特徴を見ていきましょう。ハサミを選ぶときの参考になります。
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