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ひと味違う「切る」「彫る」の手仕事
――知っておきたい「刃物」のこと

【ハサミ】
伝統技法「着鋼火造り」を残しながら

今回お話を伺った株式会社内海(以下、内海)は、1987年より理美容師用のシザー(ハサミ)メーカーとして創業しました。その後、歴史とハサミ製造の高い技術を持つ企業と提携したり、業務を引き継ぐなどして、その技術力をどんどん高めてきました。現在は、ペットのトリマー用ハサミ、ネイル用ハサミやニッパーなど、切る対象に配慮を必要とする広いジャンルにおいてプロ用のハサミを製造・販売。近年はクラフト用ハサミも販売しています。

内海では、日本の伝統的な刃物づくりの技術「着鋼火造り(ちゃっこうひづくり)」の伝承も続けています。熱い鋼の塊を、金槌でトンテンカンテンと叩き伸ばしているイメージ通りの製法です。刃物の刃先の作りは彫刻刀と同じように地金+刃金(鋼)で、それを伸ばしてハサミの形にするのです。

ただし、これは非常に手間がかかるため高額な商品になってしまいます。そのため、現在、一般的な商品は、錆びづらく長切れするステンレス合金鋼を刃の部分とし、持ち手部分の素材を刃の部分と溶接でつなげます。その後、素材によって微妙に異なる熱処理を行います。
内海では、この後のネジ穴開け、刃付けなどの工程については手作業で行っています。その手作業の工程にこそ、良質なハサミの「しかけ」が隠されています。

ハサミの良し悪しを決める「しかけ」

1枚刃の包丁や彫刻刀と異なり、ハサミは2枚の刃で構成されています。良質なハサミには、以下のことが求められます。

・ 手の力が2枚の刃が交差する1点にしっかり集約される
・ 少ない力で切れる
・ 切られる対象(例えば髪の毛など)をしっかり捉える
・ 対象を巻き込まない
・ きれいな断面で切れる
・ 刃元から刃先まで一定の状態で切れる

これらを叶えるための、良質なハサミに施されている「しかけ」とはどんなものでしょうか。一つひとつ見ていきましょう。

触点
触点とは、ハサミの2枚の刃の内側にあり、ハサミを開閉する際にふれあう部分を指します。

触点の位置

ハサミで紙や布を切ろうとする時、切断されようとしている物は、2枚の刃と刃の間に入り込み、刃を押し広げようとする反発力が発生します。お互いの刃を1点でしっかりと支え合うようにしてその反発力を抑える部分が触点です。
齋藤さんは「1つの刃で鋭く良く切れる刃でも、触点面の造りが粗いと2つの刃のバランスが悪く、ぐらぐらして安定しないため、ハサミとしては『切れないハサミ』となってしまいます。お互いの刃の相性を決める大切な場所です」と語ります。
触点がしっかりしていれば、刃先では手指の力は2枚の刃が内側へ密着する力として作用し、切られる対象を捉えることができます。
触点の作りが粗いハサミでも、手の力があれば切ることはできるそう。しかし、触点の作りが良いことで2枚の刃は安定して協力し合い、最小限の力で切ることができるようになります。

ウラスキ
ハサミはその動作からして、常に対象を「押し出して」います。そのため、切られる対象が刃先方向へ逃げてしまいます。薄い布や紙が逃げやすいのは、皆さんも感じたことがあるでしょう。特に細くて軽い髪の毛やペットの毛は「円柱」なので逃げやすい形状。毛髪が刃に抵抗する力もあるため、巻き込んでしまうこともあります。
そのため、2枚の刃の内側に細い溝を掘る加工をします。これにより刃と毛髪の接触面が小さくなるため、毛髪が刃に抵抗する力を軽減し、対象を逃げないようにしています。

ウラスキ加工

一般事務用の安価なハサミにはウラスキ加工がないことがほとんどです。しっかりとウラスキされているハサミは、プロ用の道具といっていいでしょう。

齋藤さんは「実は、ウラスキ加工だけではハサミの切断力はあまり変化しないのです。これに加えて、より良質なハサミでは、手作業でしかできない『ウラスキのヒネリ』加工を施します」と話してくださいました。「ウラスキのヒネリ」とはどのような加工なのでしょうか。

ウラスキのヒネリ
ハサミは、小学生のときに習った「テコの原理」を応用した刃物です。力を入れる「力点」が指を入れるハンドル部分、「支点」が触点、刃と刃が交わりモノを切っている箇所が「作用点」となります。

でも、通常、「作用点」が「支点」から遠くなるほど、力点の力は伝わりづらくなります。ハサミも同様です。ときどき、ハサミの手に近い部分は良く切れるのに、刃先になると切れ味が悪くなり、紙や布などが巻き込まれてしまうことはないでしょうか。
刃元から刃先まで一定の力で切れるようにするための工夫として、刃の板自体を平らなままではなく、刃先に向かって内側に深くひねってウラスキの加工をします。ハサミが閉じるにしたがって2枚の刃で対象を内側に巻き込み、刃の先端まで捉えるようにするのです。これにより、モノをしっかり捉えるウラスキの力を刃先まで継続させることができます。
平らな板に溝を掘るだけのウラスキ作業は機械でも処理可能ですが、ヒネリのある刃板のウラスキ作業は、手作業でしかできません。内海でも8人いる職人さんのうち、2名の職人さんだけがこの作業に対応できるということです。

手仕事でしかできないこのような工夫が凝らされているからこそ、毎日何人もの髪を切り続けるという作業が可能な高品質なハサミができあがるのですね。

手作りの理美容用ハサミなどは定期的な研ぎが必要で、1回2,500円程度。クラフト用ハサミでは、普段の手入れは基本的にはホコリなどを取って拭き、時折触点とネジにオイルをさす程度でOKだそうです。

クラフト・ホビー分野への進出

内海では、人の髪の毛やペットの細い毛をしっかり捉えてカットするというシビアな要求に応えてきた技術をクラフト・ホビー分野でも応用したいと考え、「糸切りばさみ」などへも商品を展開しています。今後毛髪だけではなく、様々なものを切るハサミを開発する計画もあるそうです。

道刃物と同じく、内海も自社内で製造しているという強みがあります。糸切りばさみなどで「指穴が合わない」「先端が尖りすぎていて布を傷つける」などの調整も自社内ですぐに叶えることができます。さらに、イベントなどで「こんなふうにならないか」「こんな商品がないか」など、各種クラフト・ホビーユーザーの意見をたくさんいただき、次の商品を作り出すヒントにしたいとのこと。

内海のカンパニーコンセプトは「切るための道具を作るのではなく、切ることで始まる世界を創造する」「一手間を惜しまず、お客さまにとって便利で使いやすい道具を作る」。ものを作って終わりではなく、顧客が使ってから良さがわかることを目指しています。商売のみの関係ではなく、顧客との関係を大切にし、顧客とともに会社が成長していきたいという気持ちが伝わってきますね。

株式会社内海
http://www.uu-utsumi.co.jp/top.html
〒566-0023 大阪府摂津市正雀3-11-17
電話:06-6381-8223

価格の点では、安価な刃物にかなわない本格刃物。でも、何十年も使い続けられること、ケガなどを防ぐ安全性、使いごこちの良さ、使っている時間の楽しさ、作品の質の向上、さらに、購入後も製造元がずっと寄り添ってくれる心強さを考えれば、決して高い買い物ではないことがわかります。
今回取材した2社は第42回2018日本ホビーショー(下記)にも出展予定とのことで、どちらも「ハンドメイドユーザーの声をたくさん伺いたい」という強い希望が聞かれました。「売って終わり」ではなく、ユーザーとともに製品をメンテナンスし続け、ユーザーが使いたいその先までを共有し、新たな製品作りへと発展させたいという「職人ならではの顧客満足のかたち」が感じられます。
ぜひ会場に足を運び、実物を手に取るとともに、直接お話を伺ってみてください。それ自体が「作品」でもある刃物たちが、あなたの作品とクラフトの世界を押し広げてくれるかもしれません。

第42回 2018日本ホビーショー
https://hobbyshow.jp/
2018年4月26日(木)~28日(土)
東京ビッグサイト

カテゴリー: 物作り

 

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